ホスファチジルセリンは記憶力を改善させる 2012-05-05
M.D. M.YOKOYAMA 2012-05-05
ホスファチジルセリン(PS)はリン脂質の一種であり、細胞膜のマトリックスを構成する成分である。PSは人間のすべての細胞に存在しているが、特に神経細胞やシナプスの膜に多く存在しており[1]、神経伝達物質の放出やシグナル伝達に関与しているといわれている。[2,3,4,5]
PSは多くの生理的作用を有している。
1) 記憶力の改善
D. O. Kennedyらは平均年齢20.4歳の健常人を対象に二重盲目試験にて、イチョウ葉エキス120mgとPS360mgを投与し、1,2.5,4,6時間後の変化についてプラセボ群と比較したところ、「記憶のスピード」「記憶の正確性」が優位に改善したと報告している。[6]また、Zanottiらは老齢ラットにPSを投与することによりモリス水迷路の学習成績が向上したと報告している。[7]
では、この記憶力の改善のメカニズムはどのようなものであろうか。その明確な回答は未だ得られていないが、その一端が明らかになりつつある。
① コリン作動性シナプス機能の活性化
学習・記憶に重要な役割をはたす中核‐海馬コリン作動性シナプスの
神経伝達物質はアセチルコリンである。Pedataらは大脳皮質スライスから電気刺激によって放出されるアセチルコリン量を測定し、老齢ラットでは若年ラットの約50%程度の放出能力を有しなかったが、PSを30日間投与した老齢ラットでは若年ラットと同様の放出活性を示したと報告している。[8]この研究では、PSはアセチルコリン含有量には影響を与えていないという結果が出ており、PSの投与がアセチルコリンの開口放出過程に何らかの影響を与えていると考えられる。
② シグナル伝達系への効果
前シナプスや成長円錐(軸索の先端構造)に高濃度に存在する蛋白質B-50
/GAP-43は、神経突起の成長や再生の際に発現量や軸索内輸送量が極めて増加することより、学習と記憶形成に関与していると考えられている。[9]Gianottiらは成熟ラットと老齢ラットの海馬スライスを用い脱分極刺激時の
B-50/GAP-43のリン酸化活性について調べている。老齢ラットでは脱分極刺激時のリン酸化の減少が認められるものの、PS(15mg/kg,17日間)経腹膜投与したところ刺激時のリン酸化が成熟ラットレベルにまで回復することがわかった。[10]
③ 神経保護作用
SakaiらはスナネズミにPS(200mg/kg,5日間)を投与し一過性脳虚血処理10日後に海馬CA1領域錐体細胞の遅延細胞死に対する効果を調べ、PS投与群ではコントロール群に比べて神経細胞に対するダメージが軽減されていたと報告している。[11]
PSは一酸化窒素合成酵素(NOS)の活性および誘導を抑制し[12,13]、TNF-α(主に活性化されたマクロファージによって分泌される蛋白質であり、炎症メディエーターを活性化したり、アポトーシスを誘導する)の分泌を抑制すること[14]もわかっており、これらの機序を介して虚血による神経細胞死を抑制すると考えられる。
④ 神経成長因子受容体数の増加作用
神経成長因子(Nerve growth factor: NGF)は神経発達を促し、細胞内抗酸化作用を有する蛋白質である。[15]NGFの働きは海馬や皮質の神経細胞表面に存在する神経成長因子受容体にNGFが結合することによって引き起こされるが、加齢に伴い神経成長因子受容体の数は減少していくといわれている。Nunziらはラットでの実験でPSを投与すると、神経成長因子受容体数が増加すると報告している。[16]
⑤ 形態変化
Nunziらは、老齢ラットでは、加齢による樹状突起スパイン密度の減少やニューロンの数や大きさの減少が認められるが、PS(50mg/kg,24か月間)を投与すると、そのような変化は認められなかったと報告している。[16]
2) ストレスへの抵抗性の改善
Kingsleyらは、ウェイトトレーニング中のオーバートレーニングにより負荷をかけた健常男性にてPS(800mg/日)を摂取したところ、視床下部-下垂体-副腎系に変化をもたらし、コルチゾール産生を低下させたと報告している。[17,18,19]
3) 感情面の改善
PSは感情面の改善作用も報告されている。PSを投与すると不安障害やうつ症状の改善し[20]、幸福感や社交能力の上昇が認められた[17,20,21,22]とする報告がある。
PSは経口摂取にて脳内移行性が認められており、神経細胞に有益な作用をもたらすと思われる。[11]
健常人に対してPSの有効性が認められるとの報告があるのは100mg/日~である。[23]
日本で一般に販売されているPSのサプリメントは有効成分の配合量が不足している。CHIRON社から発売されている“SWITCH”はPSを100mg/日配合しており、効果を期待する人にはおすすめの商品である。
▼ CHRON SWITCH
http://www.amazon.co.jp/dp/B0095GON76
[1] Kidd PM. 1999. A review of nutrients and botanical in the integrative management of cognitive dysfunction. Altern Med Rev 4:38-43
[2] Bruni A,Toffano G.1982. Lysophophatidylserine, a short-lived intermediate with plasma membrane regulatory properties. Pharmaco Res Commun 14(6):469-484
[3] Yoshimura T, Sone S. 1990 Role of phosphatidylserine in membrane actions of tumor necrosis factor and interfoerons alpha and gamma. Biochem Int 20(4):697-705
[4] Cohen SA,Mueller WE.1992. Age related alterations in the mouse forebrain:partial restoration by chronic phosphatidylserine treatment. Brain Res 584: 174-180
[5] Moynagh PN, Williams DC.1992. Stabilization of the peripheral-type benzodiazepine acceptor by specific phospholipids. Biochem Pharmacol 43(9): 1939-1945
[6] D.O.Kennedy, C.F Haskell, P.L Mauri, A.B Scholey.2007. Acute cognitive effects of standardized Ginkgo biliba extract conplexed with phosphatidylserine. Hum.Psychopharmacol Clin Exp 2007 ;22:199-210
[7] Zanotti A, Valzelli L, Toffano G. 1989. Chronic phosphatidylserine treatement improves spatial memory and passive avoidance in aged rats. Psychopharmacology 99 : 316-321
[8] Pedata F et.al. 1985. Phosphatidylserine increases acetylcholine release from cortical slices in aged rats. Neurobiol Aging 6(4): 337-339
[9] Benowitz LI et.al. 2000. “GAP-43:an intrinsic determinant of neuronal development and plasticity”. Trends Neurosci 20(2):84-91
[10] Gianotti C et.al. 1993. B-50/GAP-43 phosphorylation in hippocampal slices from aged rats: effects of phosphatidylserine administration. Neurobiol Aging 14(5): 401-406
[11] 酒井 正士, 加藤 豪人. 2010. 大豆ホスファチジルセリンの脳機能改善効果 Anti-aging Science 2(2): 57-61
[12] Calderon C, Huang ZH, Gage DA, et.al. 1994. Isolation of a nitric oxide inhibitor from mammary tumor cells and its characterization as phosphatidylserine. J Exp Med 180: 945-958
[13] Venema RC, Sayegh HS, Arnal JF, et.al. 1995. Role of enzyme calmodulin-binding domain in membrane association and phospholipid inhibition of endothelial nitric oxide synthase. J Bio Chem 270: 14705-14711
[14] Monastra G,Gross AH, Bruni A et.al. 1993. Phosphatidylserine, a putative inhibitor of tumor necrosis factor, prevents autoimmune demyelinaction. Neurology 43: 153-163
[15] Angelucci L, Ramacci MT, Taglialatela G, et.al. 1988. Nerve growth factor binding in aged rat central nervous system: effect of acetyl-L-carnitine. J Neuroscience Res 20:491-496
[16] Nunzi MG, Milan F, Guidolin D, Toffano G. 1987. Dendritic spine loss in hippocampus of aged rats Effect of brain phosphatidylserine administration. Neurobiol Aging 8:501-510
[17] Cenacchi T, Bertoldin T, Farina C, et.al. 1993. Cognitive decline in the elderly: a double-blind,placebo-controlled multicenter study on efficacy of phosphatidylserine administration. Aging(Milano) 5:123-133
[18] Monteleone P,Beinat L, Tanzillo C, et.al. 1990. Effects of phosphatidylserine on the neuroendocrine response to physical stress in humans. Neuroendocrinology 52:243-248
[19] Monteleone P, Maj M, Beinat L, et.al. 1992. Blunting by chronic hosphatidylserine administration of the stress-induced activation of the hypothalamo-pituitary-adrenal axis in healthy men. Eur J Clin Pharmacol 42:385-388
[20] Maggioni M, Picotti GB, Bondiolotti GP,et.al. Effects of hosphatidylserine therapy in geriatric patients with depressive disdoers. Acta psychiatr Scand 81:265-270
[21] Crook T,Petrie W, Wells C, Massari DC. 1992. Effects of phosphatidylserine in Alzheimer’s disease. Psychopharmacol 42:385-388
[22] Amaducci L. 1988. Phosphatidylserine in the treatment of Alzheimer’s disease: results of a multicenter study. Psychopharmacol Bull 24:130-134
[23] Parris M. 1999. A review of nutrients and botanicals in the integratetive management of cognitive dysfunction. Alternative Medicine Review 4(3):144-161
PSは多くの生理的作用を有している。
1) 記憶力の改善
D. O. Kennedyらは平均年齢20.4歳の健常人を対象に二重盲目試験にて、イチョウ葉エキス120mgとPS360mgを投与し、1,2.5,4,6時間後の変化についてプラセボ群と比較したところ、「記憶のスピード」「記憶の正確性」が優位に改善したと報告している。[6]また、Zanottiらは老齢ラットにPSを投与することによりモリス水迷路の学習成績が向上したと報告している。[7]
では、この記憶力の改善のメカニズムはどのようなものであろうか。その明確な回答は未だ得られていないが、その一端が明らかになりつつある。
① コリン作動性シナプス機能の活性化
学習・記憶に重要な役割をはたす中核‐海馬コリン作動性シナプスの
神経伝達物質はアセチルコリンである。Pedataらは大脳皮質スライスから電気刺激によって放出されるアセチルコリン量を測定し、老齢ラットでは若年ラットの約50%程度の放出能力を有しなかったが、PSを30日間投与した老齢ラットでは若年ラットと同様の放出活性を示したと報告している。[8]この研究では、PSはアセチルコリン含有量には影響を与えていないという結果が出ており、PSの投与がアセチルコリンの開口放出過程に何らかの影響を与えていると考えられる。
② シグナル伝達系への効果
前シナプスや成長円錐(軸索の先端構造)に高濃度に存在する蛋白質B-50
/GAP-43は、神経突起の成長や再生の際に発現量や軸索内輸送量が極めて増加することより、学習と記憶形成に関与していると考えられている。[9]Gianottiらは成熟ラットと老齢ラットの海馬スライスを用い脱分極刺激時の
B-50/GAP-43のリン酸化活性について調べている。老齢ラットでは脱分極刺激時のリン酸化の減少が認められるものの、PS(15mg/kg,17日間)経腹膜投与したところ刺激時のリン酸化が成熟ラットレベルにまで回復することがわかった。[10]
③ 神経保護作用
SakaiらはスナネズミにPS(200mg/kg,5日間)を投与し一過性脳虚血処理10日後に海馬CA1領域錐体細胞の遅延細胞死に対する効果を調べ、PS投与群ではコントロール群に比べて神経細胞に対するダメージが軽減されていたと報告している。[11]
PSは一酸化窒素合成酵素(NOS)の活性および誘導を抑制し[12,13]、TNF-α(主に活性化されたマクロファージによって分泌される蛋白質であり、炎症メディエーターを活性化したり、アポトーシスを誘導する)の分泌を抑制すること[14]もわかっており、これらの機序を介して虚血による神経細胞死を抑制すると考えられる。
④ 神経成長因子受容体数の増加作用
神経成長因子(Nerve growth factor: NGF)は神経発達を促し、細胞内抗酸化作用を有する蛋白質である。[15]NGFの働きは海馬や皮質の神経細胞表面に存在する神経成長因子受容体にNGFが結合することによって引き起こされるが、加齢に伴い神経成長因子受容体の数は減少していくといわれている。Nunziらはラットでの実験でPSを投与すると、神経成長因子受容体数が増加すると報告している。[16]
⑤ 形態変化
Nunziらは、老齢ラットでは、加齢による樹状突起スパイン密度の減少やニューロンの数や大きさの減少が認められるが、PS(50mg/kg,24か月間)を投与すると、そのような変化は認められなかったと報告している。[16]
2) ストレスへの抵抗性の改善
Kingsleyらは、ウェイトトレーニング中のオーバートレーニングにより負荷をかけた健常男性にてPS(800mg/日)を摂取したところ、視床下部-下垂体-副腎系に変化をもたらし、コルチゾール産生を低下させたと報告している。[17,18,19]
3) 感情面の改善
PSは感情面の改善作用も報告されている。PSを投与すると不安障害やうつ症状の改善し[20]、幸福感や社交能力の上昇が認められた[17,20,21,22]とする報告がある。
PSは経口摂取にて脳内移行性が認められており、神経細胞に有益な作用をもたらすと思われる。[11]
健常人に対してPSの有効性が認められるとの報告があるのは100mg/日~である。[23]
日本で一般に販売されているPSのサプリメントは有効成分の配合量が不足している。CHIRON社から発売されている“SWITCH”はPSを100mg/日配合しており、効果を期待する人にはおすすめの商品である。
▼ CHRON SWITCH
http://www.amazon.co.jp/dp/B0095GON76
[1] Kidd PM. 1999. A review of nutrients and botanical in the integrative management of cognitive dysfunction. Altern Med Rev 4:38-43
[2] Bruni A,Toffano G.1982. Lysophophatidylserine, a short-lived intermediate with plasma membrane regulatory properties. Pharmaco Res Commun 14(6):469-484
[3] Yoshimura T, Sone S. 1990 Role of phosphatidylserine in membrane actions of tumor necrosis factor and interfoerons alpha and gamma. Biochem Int 20(4):697-705
[4] Cohen SA,Mueller WE.1992. Age related alterations in the mouse forebrain:partial restoration by chronic phosphatidylserine treatment. Brain Res 584: 174-180
[5] Moynagh PN, Williams DC.1992. Stabilization of the peripheral-type benzodiazepine acceptor by specific phospholipids. Biochem Pharmacol 43(9): 1939-1945
[6] D.O.Kennedy, C.F Haskell, P.L Mauri, A.B Scholey.2007. Acute cognitive effects of standardized Ginkgo biliba extract conplexed with phosphatidylserine. Hum.Psychopharmacol Clin Exp 2007 ;22:199-210
[7] Zanotti A, Valzelli L, Toffano G. 1989. Chronic phosphatidylserine treatement improves spatial memory and passive avoidance in aged rats. Psychopharmacology 99 : 316-321
[8] Pedata F et.al. 1985. Phosphatidylserine increases acetylcholine release from cortical slices in aged rats. Neurobiol Aging 6(4): 337-339
[9] Benowitz LI et.al. 2000. “GAP-43:an intrinsic determinant of neuronal development and plasticity”. Trends Neurosci 20(2):84-91
[10] Gianotti C et.al. 1993. B-50/GAP-43 phosphorylation in hippocampal slices from aged rats: effects of phosphatidylserine administration. Neurobiol Aging 14(5): 401-406
[11] 酒井 正士, 加藤 豪人. 2010. 大豆ホスファチジルセリンの脳機能改善効果 Anti-aging Science 2(2): 57-61
[12] Calderon C, Huang ZH, Gage DA, et.al. 1994. Isolation of a nitric oxide inhibitor from mammary tumor cells and its characterization as phosphatidylserine. J Exp Med 180: 945-958
[13] Venema RC, Sayegh HS, Arnal JF, et.al. 1995. Role of enzyme calmodulin-binding domain in membrane association and phospholipid inhibition of endothelial nitric oxide synthase. J Bio Chem 270: 14705-14711
[14] Monastra G,Gross AH, Bruni A et.al. 1993. Phosphatidylserine, a putative inhibitor of tumor necrosis factor, prevents autoimmune demyelinaction. Neurology 43: 153-163
[15] Angelucci L, Ramacci MT, Taglialatela G, et.al. 1988. Nerve growth factor binding in aged rat central nervous system: effect of acetyl-L-carnitine. J Neuroscience Res 20:491-496
[16] Nunzi MG, Milan F, Guidolin D, Toffano G. 1987. Dendritic spine loss in hippocampus of aged rats Effect of brain phosphatidylserine administration. Neurobiol Aging 8:501-510
[17] Cenacchi T, Bertoldin T, Farina C, et.al. 1993. Cognitive decline in the elderly: a double-blind,placebo-controlled multicenter study on efficacy of phosphatidylserine administration. Aging(Milano) 5:123-133
[18] Monteleone P,Beinat L, Tanzillo C, et.al. 1990. Effects of phosphatidylserine on the neuroendocrine response to physical stress in humans. Neuroendocrinology 52:243-248
[19] Monteleone P, Maj M, Beinat L, et.al. 1992. Blunting by chronic hosphatidylserine administration of the stress-induced activation of the hypothalamo-pituitary-adrenal axis in healthy men. Eur J Clin Pharmacol 42:385-388
[20] Maggioni M, Picotti GB, Bondiolotti GP,et.al. Effects of hosphatidylserine therapy in geriatric patients with depressive disdoers. Acta psychiatr Scand 81:265-270
[21] Crook T,Petrie W, Wells C, Massari DC. 1992. Effects of phosphatidylserine in Alzheimer’s disease. Psychopharmacol 42:385-388
[22] Amaducci L. 1988. Phosphatidylserine in the treatment of Alzheimer’s disease: results of a multicenter study. Psychopharmacol Bull 24:130-134
[23] Parris M. 1999. A review of nutrients and botanicals in the integratetive management of cognitive dysfunction. Alternative Medicine Review 4(3):144-161